はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 130 [ヒナ田舎へ行く]

「ここで寝転がって読むのはかまわないが、靴下を脱ぎ捨てるのは感心しないな」

スペンサーは絨毯の上に落ちている靴下をじろりと睨んだ。

ヒナはいそいそと起き上がり、靴下を回収すると、くしゃくしゃっとポケットにしまった。

「スペンサーも暇人なの?」お行儀よく座り直し、何食わぬ顔で訊く。

「そう見えるか?」スペンサーは憮然として訊き返した。ヒナほど無邪気に人を苛立させる子はそうはいない。しかもその苛立ちはすぐに、諦めへと変わる。まともに相手をしてはダメだということだ。「たったいま用事を済ませてきたところなんだが」

「なにしてたの?」

予期せぬ追求に遭った。ヒナは俺の仕事ぶりには興味がないと思っていたのに。「ん、そうだな……見回りかな」

ヒナは再び本を広げた。やはり興味はなかったようだ。

「あ、そうだ。クッキーの残りがあるぞ」スペンサーはポケットからエサを取り出した。

ヒナはさっと顏を上げ、きらきらとしたあめ色の瞳で油紙に包まれたエサを凝視した。なかなか食いつきがいい。

スペンサーは玉ねぎの皮を剥くように包みを広げ、ヒナに差し出した。

「ナッツクッキーだ。どうしたの?」ヒナは指先でクッキーを優しく摘まむと、ぽいっと口に放り込んだ。

「キッチンにあったから少し貰って来たんだ。これがなかなかいける」スペンサーもひとつ口に入れた。

カリカリ、ぼりぼりとなかなか小気味いい咀嚼音だけが居間に響く。

こうしていると、ヒナを口説き落とせるのではないかと思えてくる。ブルーノの味方をやめて、こちら側に付けと言ってみようか?ブルーノなんかにダンをやるのはもったいない。

「ねぇ、スペンサー」ヒナが先に口を開いた。いつものように、歌うようにスペンサーの名を呼んだ。

「なんだ?」スペンサーは身構えた。

「ダンとトビーは似てるの?カイルが言ってたんだって」

「カイルが言っていた?ダンがそう言ったのか?」あいつ、いつの間に。

「トビーの服を借りようとしたって」

「そんなものどこに?」トビーの服だと?裸で出て行きでもしない限り、そんなものは残らないはずだ。

「知らない。ダンとずっと一緒じゃないもん」ヒナは生意気に言い、残るクッキーに狙いを定めた。

スペンサーは包みごとヒナに渡し、案外トビーの問題が長引きそうなことに頭を悩ませた。このことはブルーノにとっても不利な状況しか作らないだろうが、味方のいないこちらの方がいささか分が悪い。

「全然似ていない」スペンサーは無意識のうちにそう口にしていた。

これは嘘ではない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 131 [ヒナ田舎へ行く]

手伝うと言っても、ダンに出来ることは限られている。

人数分の食器を揃えたり、温め直したパンをかごに盛ったり、その程度だ。

「上に持って行きましょうか?」ダンはパンかごを手に訊ねた。香ばしい小麦の香りが鼻をつき、ぐぅぅとお腹が鳴った。

「カイルが来たら一緒に持って行く」ブルーノが笑いながら言う。「それまでそこに座っていろ」

「カイルはお風呂の支度でしたね。スペンサーは何をしているのですか?」

ブルーノもカイルもそれぞれ色々な役目がある。スペンサーは机に向かって難しい顔をするのが仕事だとカイルが言っていたけど、それ以外の時はいったい何をしているのだろう。

「この時間はたいてい屋敷の中をうろついている」ブルーノは鍋に蓋をすると、つと振り返った。スペンサーの行動にそんなに興味があるのかと問いたげな顏つきだ。

まさかね?ヒナが変なことを言うから、そう見えただけかも。

「見回りですか?そういうのはブルーノの仕事だと思っていました」ダンはパンかごを物欲しげに覗き込んだ。ヒナを着替えさせなきゃいけないけど、ひどくお腹が空いていて、上にあがって用事を済ませるだけの体力がない。早く食事の時間にならないかな。

「二人で見回っている。おれは昼間、雨漏りの点検をした。スペンサーは戸締まりでも見ているんだろう」ブルーノはオーブンを開けると、ローズマリーの香り漂うローストポテトを取り出した。ささっと軽く塩を振り、天板ごと作業台の上に投げ出した。「味見してみろ」

なんと魅力的な申し出だろう。

ダンは生唾を飲み込み、迷わずポテトめがけて手を出した。

「わっ、ちぃ!」当然だが指先を火傷した。ポテトの代わりに指を口に突っ込み、ちゅうちゅうと吸う。

「熱いに決まっているだろう」ブルーノは笑った。

「味見しろと言ったのはそっちですよ」ダンは拗ねたように言い、自分でもその言い草に可笑しくなって笑った。午後の間じゅうブルーノを避けていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。もっとも、本人に指摘されるまで全く気付いていなかったのだけれど。

「二人とも何がおかしいのさ。うわぁ~!いい匂い」風呂の支度を終えたカイルがキッチンにやって来た。

「いまちょうど焼き上がったところですよ」ダンは火傷した指でポテトを指し示した。

「このポテトがあるって事は、どこかにローストポークもあるんだよね?」カイルはレンジ台の上の辺りに目を付けた。

「寝かせ中だ」ブルーノはポテトにフォークを突き刺し、二人に取るように促した。「それを食べたら、スペンサーに晩餐は七時からだと伝えて来てくれ」とカイルに向かって言う。

僕が行ってきましょうか?とは言い難い状況だ。なにしろ、スペンサーを警戒しろと忠告されているし、実際ダンはスペンサーに対して漠然とした疑いを持っている。しばらくはあまり関わらないようにしよう。僕はヒナの為にここにいるのだから、余計なことはしないに限る。

「はいはい。ついでにお皿だけ先に持ってあがっとくね」カイルは熱々ポテトを平気で飲み込み、皿を持ってキッチンを出て行った。

ダンはまだポテトをかじっていた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 132 [ヒナ田舎へ行く]

晩餐の席に着いたとき、やはりヒナはそれに相応しい格好に変身していた。

もちろん嫌いな靴下だってきちんと履いている。髪もポニーテールにしてもらい、クラヴァットはスープに浸らないように首元で短めにまとめられている。

ヒナは窮屈な格好が好きではない。許されるなら、全裸で闊歩したいくらいだ。が、当然それは寝室以外では許されていない。当然である。

「じゃがいも、おいしい」ヒナがフォークに刺したローストポテトを振りながら言う。

振り回されたポテトは食卓をころんと転がった。

「あっ!」とヒナが声を上げ、ヒナ以外の全員がこれはまずいと思った。

ヒナはポテトを回収しようと身を乗り出した。案の定、グラスが倒れ(倒れにくいロックグラスなのだが)、中身をぶちまけながらゴロンと転がった。

「す、すみませんっ!」ダンは謝って、ヒナをひとまず座らせた。ヒナが動けば被害は更に拡大する。

「気にするな。もう慣れた」ブルーノは長い手を伸ばして、ヒナのグラスを起こし、ナプキンをこぼれた水の上に乗せた。

「どうしてヒナはグラスを倒さずにはいられないのだろうな?」スペンサーが真面目に疑問を呈した。

「どうしてかな?」とヒナ。自分でも分からないようだ。

「飲み物なしにすればいいんじゃない?ヒナってあんまり水飲まないし」カイルが素晴らしい助言をする。

「そうする」ヒナは従順に言い、カイルのグラスを羨ましげに見つめた。「それなに?」

「シードル。りんごのお酒。ローストポークの時は飲んでもいいんだ」

「えぇっ!ヒナも飲みた~い!」ヒナが急に駄々をこねだした。従順さはどこへ?

「お酒なんてダメですよ」ダンがぴしゃりと言う。午後にみんなでホットワインを飲んだことなどなかったような言い草だ。

「こんなの酒のうちに入らないぞ。水と同じだ」スペンサーがヒナを煽る。

煽られたヒナは、ほらねと小生意気な顔つきでダンを見やった。

「水と同じなら、別にいらないでしょう?」ダンも負けていない。

「い、いるもんっ!」

「カイル、ヒナに分けてやれ」ブルーノが仲裁に入る。「少しならいいだろう?」と、いちおうだがダンにお伺いを立てた。

「まぁ、少しなら」とブルーノに言い、ヒナに向かってやんわりと言う。「このあとお風呂なので飲み過ぎはダメですからね」

ヒナは「はぁい」と良い子の返事をして、カイルがグラスにシードルを注ぐのを待った。

ダンはヒナの嘘くさい返事を聞き流すと、ローストポークをむしゃむしゃ、好物のにんじんスープに舌鼓を打ち、ちゃっかりシードルも頂いた。

その様子をつぶさに見ていたスペンサーとブルーノは好戦的な視線を交わした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 133 [ヒナ田舎へ行く]

夜、ヒナを無事にベッドへと送り込んだダンは、マグ一杯のココアと割れたクッキーをお供に部屋に備え付けの小さな書き物机に向かい、その日の出来事を綴るため日記帳を広げた。

ヒナが何を食べ何をして過ごしたのか、ロス兄弟たちの動向も事細かに記すことになっている。でも、当分会えないと思っていた旦那様とは、ほぼいつでも会えるようになったのだから、簡潔に記せばいいだろう。

初めてホットワインを飲んだことや、シードルをおかわりしたこと。カイルと仲良くお風呂に入ったこと。でも、昨日ブルーノと一緒に入ったことはあえて書かなかった。

旦那様に知られたくない事は、僕の頭の中に記憶しておくだけでいい。

でも、どこから話が洩れるか分からないから、言い訳は考えておかなくちゃ。

だって、ヒナが朝早く起きて、旦那様への手紙をノッティに託したことや、すぐに返事がなくて不機嫌になった事は、どうやらすでに知っているようだし。

ココアを入れているときにブルーノが教えてくれたのだ。

ヒナはカイルと屋敷を抜け出して、旦那様に会いに行こうとしていたとか。

おかげでブルーノはウォーターズ邸まで自転車を走らせることになり、ウェインから手紙の返事を預かり、さらには明日の約束を取り付けてきたというわけだ。

まったく。従僕である僕が離れた場所にいる旦那様よりも後にその事実を知らされることになろうとは。しかも、一日が終わるほんの少し前に知らされたばかりだ。

これだからヒナから目を離せない。

ここに来てたった三日なのに(正確には二日と半日)、ヒナが兄弟たちと家族のように過ごしていることを旦那様はどう思うのだろう。嫉妬するだろうか?それともヒナが無事受け入れられたことに安堵するだろうか?

明日少しでも話す機会があればいいけど。できれば直接、今後の事を話しておかなければ。

ダンは適当なところでペンを置き、ココアを飲んで、眠っているヒナの様子を再度確認しに行った。

枕元には双眼鏡があった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 134 [ヒナ田舎へ行く]

「昨日のローストポークにはマーマレードが塗ってあったんだよ」

朝食の席でカイルが言った。

かたい丸パンをスープに浸していたヒナは驚いて顔を上げた。今朝はノッティがお休みなので、パンは昨日の残りだ。

「ついてなかったよ」ヒナがうそばっかりとカイルに笑いかける。

「ヒナ、余所見をしているとスープがこぼれますよ」ダンが注意を促す。

「もう遅いと思うが」とスペンサー。すでにあちこち飛び散っている。

今朝は豆のスープにカリカリベーコン。ゆで卵とヒナのリクエストのオムレツもある。贅沢な朝食だ。

「ほんとなの?ブルゥ」ヒナはパンをスープに溺れさせたまま、フォークを手にした。オムレツをつつくと、チーズがとろりと流れ出てきた。「チーズだ!」

「ほんとだ。それと、それはチーズオムレツだから当然チーズは入っている」ブルーノはヒナの質問と一驚に丁寧に答えると、ゆで卵をテーブルに叩きつけた。

「ほらヒナ。マーマレードを食べてみろ」スペンサーがマーマレードの瓶をヒナに取って寄こす。

ヒナはシモンのパンにマーマレードを塗って食べてみた。

「うん。まあまあ」と、まんざらでもなかった様子。

「今日の予定を伺ってもいいですか?」ダンが事務的口調でスペンサーに訊ねる。雨は上がっているので、予定は盛りだくさんだ。

スペンサーはダンを見て、それから警告の意味合いを込めてブルーノを見た。

「ウォーターさんが来る日だよ」そんな大事なことを忘れちゃったのと、ヒナは鼻息荒く口を挟んだ。

スペンサーはくっくと笑った。「ヒナの言う通り、午前中は訪問者がある。なので外出は午後に予定している」

「僕が連れていきたい!」カイルがサッと手を挙げた。

「いや、案内役はブルーノに任せるつもりだ。ヒナ、ブルーノと二人で大丈夫か?」スペンサーは昨日の『シモンのパン』を手に取った。

「うん。でもピクルスはだいじょうぶなの?」ヒナは思案顔になった。

「丘には登らないから平気だ。北の境界をぐるっとするだけだからな」

「だったら僕でも案内できるのに」カイルは拗ねて唇を尖らせた。

「僕も留守番ですか?」ダンが訊ねた。

「二人しか乗れないからな」とスペンサー。

「荷台を付ければみんなで行けるのに」カイルがぐじぐじと言う。

「そうしたら、時間が掛かるだろう。ブルーノ、任せて平気か?」スペンサーはいまさらながらブルーノに確認を取る。

「平気だ」ブルーノはムスッとして答えた。自分がいない間に、ダンとスペンサーが二人きりになると思うと居ても立ってもいられないのだ。

「じゃあ僕は、ダンと勉強して待ってる」カイルはとうとう諦めた。

「それがいい」ブルーノは素早く同意した。

「ええ、そうしましょう」とダンも同意した。

スペンサーは苦々しげに、マーマレードを塗ったシモンのパンにかぶりついた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 135 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノは朝食の片付けを済ませると、来客用の茶菓子を見繕うカイルを残してキッチンを出た。

食堂を覗き、居間を通過し、書斎に入ると、たいしてやることもないのに書斎机に着くスペンサーに向かって言葉をぶつけた。

「なかなかうまいやり口だが、そう思い通りにはならないぞ」

ヒナと出掛けさせておいて、自分はダンと何をするつもりなのか。だが、おれもヒナも黙っちゃいない。

「仕事に不満でもあるような口振りだな。お前がヒナの世話係だろう?」スペンサーがいけしゃあしゃあと言う。

ブルーノは机を挟んでスペンサーの前に立ち、吠え声をあげた。「仕事に不満はない!」

不満は他の所にある。わかっているだろうに!

スペンサーは意に介さなかった。「それはよかった。ピクルスは安全に道を進むだろうが、ヒナが座席から転がり落ちないように注意しておけよ。まあ、まずはウォーターズをなんとかしなきゃならんが」椅子の背にもたれ、ゆったりと足を組む。

「なんとかとは?」ブルーノは眉間に皺を寄せた。うまくはぐらかされている。

「こう度々訪問されても困るだろう?」

スペンサーは報告云々、いつ来るともしれない代理人を気にしているようだ。村に入れば報告が来るようになっているというのに、何が心配なんだか。

「そうだが、ヒナのお気に入りだ。へたに遠ざけるよりうまく利用する方がいい」

「その代わり、お前が毛嫌いしているロシターが毎度来ることになってもか?」

ブルーノは苦虫を噛み潰した。

「ロシターが来るとは限らない。ウォーターズの従者はカイルのお気に入りのウェインだからな」

「あちらは子供ウケがいいな。こっちもモノで釣らなきゃならないか」

釣るのはダンか?そうはさせるか。

「とにかく、ヒナを機嫌良くさせておけば、こちらの負担も軽くて済む」そうすればおのずとダンの仕事も楽になる。

ブルーノは昨夜の疲れ切った様子のダンを思い出していた。息抜きに出掛けたから大丈夫といっていたが、雨でかなり体力を消耗していたし、ヒナの世話をこれでもかと焼いていた。あれでは一週間と身体は持たないだろう。

「そうだな。あれはあれでうまく利用するしかないな」

スペンサーも同じ事を思ったのか、今度は異論を唱えなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 136 [ヒナ田舎へ行く]

カイルはまだ不貞腐れていた。

ヒナとお出掛けするのは当然自分だと思っていたのに、その役目をブルーノに奪われてしまった。それもこれも、スペンサーが独裁者だからだ。

独裁者って、いばりんぼうっていう意味だよね?スペンサーにぴったりだ。

「あーあ。あんまりいいおやつ残ってないや。アップルパイは昨日食べちゃったしなぁ。昨日食べたナッツクッキー美味しかったな。あれはもうないのかな?」カイルは床に膝をつき、とっておきの何かがないかと戸棚の奥をがさごそと探る。

「ひとりごと?」

「きゃっ!」棚の角っちょに頭をぶつけた。見上げると、ヒナがくりくりの茶色の瞳でこちらを見ていた。「ヒ、ヒナかぁ~びっくりしたぁ」

「なにしてるの?」ヒナも膝をついて中を覗く。

「ウェインさんに出すお菓子探してたんだ」カイルはお尻で後退して、すっくと立ち上がった。

「ウォーターさんがクッキー持ってくるよ」ヒナも立ち上がる。

カイルはお菓子探しを諦め、出しっぱなしの椅子に座った。「それはヒナたちが食べる分でしょ。それに僕はウェインさんをおもてなししたいんだ」

「おもてなし?」ヒナが隣に来る。

「歓迎するってこと。僕、ウェインさんのこと好きだから」

ヒナは頬をぽっと赤くした。そういう意味じゃないってば!

「ヒナもウォーターさん好きだから、おもてなしする」カイルがまごまごしている間に、ヒナもウォーターズへの好意を口にした。二人してお隣さんに夢中だ。

「でもさ、何も残ってないんだ。たぶんブルーノがあとでスコーンを焼くんだと思うんだけど、もっと洒落たもののほうがウェインさんは気に入るかなって」

だって、ウェインさんはお金持ちの都会もんだもん。まぁ、お金持ちはウォーターズさんなんだけど。

「ウェインはお洒落じゃないよ」

「あははっ。ダンと比べたらみんな地味だよ」カイルは思わず笑った。ヒナってば、思ったことを何でも口にしちゃうんだから。

「ブルゥのスコーン好き。ウェインも好きって言うと思う」ヒナはにこりと笑った。好きなものの話をする時はいつも笑顔だ。

「まぁ、実はさ、僕もそう思うんだ。ブルーノのスコーンは最高にうまいって」カイルは照れ隠しにぽりぽりとこめかみの辺りを掻いた。兄を誉めるのはとてもくすぐったい。

「ふわふわのホイップがあるといいな」ヒナは両肘を作業台につけ、手のひらの上に顎を乗せると、夢見るように天井からぶら下がる鍋を見つめた。

「今日は牛乳やらバターやらの配達日だったから、クリームもあるんじゃない?後でブルーノに言っておくよ」カイルは頭の片隅にメモを取った。

「あ!そうだ、カイルにブルゥのことでお願いがあったんだった」ヒナはハッとして小首を傾げるようにしてこちらを見た。

その仕草が可愛くて、カイルはヒナのお願いを絶対に聞いてあげようと密かに思った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 137 [ヒナ田舎へ行く]

「ブルーノのことでお願いって?」ヒナに頼りにされて上機嫌のカイルは懸命に真面目な顔を作った。

ヒナもカイルの真面目な顔に触発されて、しかつめらしい面持ちになった。「えっと、ダンのことかも」やんわり訂正する。

「ダン?何かあったの?」カイルは一層、神妙になった。

「うん……ヒナ、ブルゥと出掛けるでしょ」ヒナがぼそぼそと言う。

「そうだよ。僕も行きたかったのに」カイルは束の間忘れていた暴君への不満を思い出した。

「ヒナだって……えっと、でね、ダンのこと見張ってて欲しいの」

カイルはぎょっとした。ヒナとダンの間に何か問題でも?あんなに仲良しなのにそんなはずないよね。

「どうして?」恐る恐る訊ねる。

「スペンサーが何かしたらいけないから」ヒナが思わせぶりに言う。

カイルは目を丸くしてヒナを見つめた。「何かって、何をするの?」

ヒナは突然顔をすごく近くに寄せてきた。唇がほっぺたにくっつきそうなほど。ふわふわの髪はいい匂いがした。

「これ、内緒だよ」ヒナは声を潜め、カイルの耳に囁いた。「スペンサーはダンとブルゥを仲良くさせないようにしてるんだ。それでブルゥのいない間にダンと仲良くするつもり」顏を上げて、カイルの反応を伺う。

「え、え?どういうこと?」スペンサーとダンとブルーノ?もれなく混乱した。

「取り合いです」ヒナがきっぱりと言う。

カイルは昨日のとある一場面を思い出した。暖炉の前でダンをかまうスペンサー。ブルーノがホットワインを持ってきて、ちょっとしたやりとりがあったはずだけど、僕はヒナをブルーノに取られそうで必死になっていたので、重要な部分は見逃しちゃったみたい。

ということは、僕はブルーノとヒナを取り合って、スペンサーはブルーノとダンを取り合ってるってこと?ブルーノって欲張りだな。

でも、ブルーノがダンと仲良くすれば、ヒナは僕のもの。スペンサーはひとりで嫌味を言っていればいいんだ。でもわざわざノートやなんかを買いに行ってくれたし、スペンサーだけ仲間はずれにも出来ない。

「で、具体的にどうしたらいいの?」カイルは使命を帯びた口調で言い、背中を丸めてヒナに顔を寄せた。

「二人きりにさせないで」

「うん、わかった」まぁ、最初からそのつもりだったけど。だって置いてけぼりの僕はダンと留守番してるしかないんだもん。「頑張ってみる!」

「ありがと、カイル」ヒナはえへへと笑って、席を立った。「支度しなきゃ。カイルも着替えるでしょ?」

「僕はいいや。ここでウェインさんをおもてなしするから」本当はわざわざ着替えるほどの服なんて持っていないから。この前はヒナが貸してくれたけど――

「そうなの?でも、ダンが準備してくれてるよ。カイルの分も」

わーい!やったぁ!!

つづく


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ヒナ田舎へ行く 138 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーは部屋の中を歩き回っていた。

敵が増えつつある。むしろ、すべて敵となったと言ってもいいだろう。

ヒナが『ブルゥの味方』と宣言してしまったことが大きな痛手となっている。そしてそれは、弟にとって勝ち馬に乗ったも同然。

まあ、こっちとしては、馬に乗れなくともダンを得られればそれでいいのだが。

まったく。束の間滞在するだけの子供に熱を上げてどうする?ダンは(もちろんヒナも)伯爵の一声で明日にでも出て行くかもしれないというのに。

スペンサーの予想では、ヒナは最低でもひと月は滞在すると踏んでいる。それでもたったひと月だ。そんな短い期間で何が出来るという?自問しながらも、結局策を講じて、束の間邪魔者を追い出すことに成功した。午後が楽しみだ。

ブルーノが敵対心むき出しで反抗してくればくるほど、こちらの感情も次第に熱を帯びてくる。

おかげですっかり落ち着きをなくしている。まるで餌を目の前におあずけを食らった獣のようだ。

ふと足を止めると、机の上の時計が目に付いた。もう間もなくウォーターズがやってくる時間だ。

スペンサーは急ぎ足で書斎を出ると、玄関広間が客を迎えるに相応しい状態になっているかを確認し、居間へと向かった。

そこにはすでに子供が二人お行儀良く並んでソファに座っていた。

ヒナとカイルだ。

「カイル、手伝いはどうした?」言いながら部屋を横切り、気の早い二人の前に立った。

カイルは揃えた足の先をもじもじと擦り合わせながら、「ダンが代わりに――」とぼそぼそと言う。

「自分の仕事を押し付けたのか?」スペンサーは高圧的な態度に出た。甘やかしてこのまま怠け癖でもついたら困る。

「ち、違うよッ!」カイルは心外だとばかりに憤慨する。

「ダンがやるって言ったんだから」ヒナはイーッと憎たらしい顔をした。

くっそ!生意気な。

「それにしても、ウォーターズが来るにはまだ早いぞ。まだ時間があるんだから――」

「来たっ!!」カイルがパッと立ち上がる。

「あっ。ほんと」ヒナも首を長くして、窓の向こうに目当てのものを見つける。

スペンサーも窓の外に目をやる。ラドフォード館めがけて疾走する軽装馬車が見えた。先日ウォーターズが乗って来たものとは違う気がしたが、ここを訪問する者は他にはいないので、ウォーターズに間違いないだろう。

「カイルはブルーノに知らせてこい」スペンサーは指示を出した。

「お出迎えしよ」ヒナがカイルを誘うようにして戸口に向かう。

「うん」と従順に応じるカイル。

二人はきゃっきゃと飛び跳ねるようにして玄関広間へ向かった。

聞け!くそガキども!

スペンサーもあとを追った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 139 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノは玄関広間にいた。

たまたまだったが、折りよく、客が到着した。いまのところロシターは来ていない。

ドアを開けようと取っ手に手を掛けたところで、居間の方からヒナとカイルがわあわあと駆けてきた。

「ブルゥ開けて~」

ヒナが切羽詰まったように言うので、ブルーノは慌ててドアを開けた。

「うぉ~た~さぁぁぁぁん!」

ヒナがドアの向こうに立つウォーターズに飛びかかった。巻き込まれないようブルーノはサッと脇へ退いた。

「おやおや、大歓迎だな」

聞き慣れた声はウォーターズのものではなかった。ドアの陰から出て声の主が自分の思う人物かどうか確かめる。うむ。間違いない。ヒナは見当違いの人物に抱きつき頬を寄せている。

「お、お父さん!」カイルが叫ぶ。

「何をしているんですか?」スペンサーも現れた。

「おとうさん?」ヒナが間違いに気づき、両手をぱっと離した。

危ないっ!

ブルーノはヒナを受け止めようと前に出た。ヒナは父の腰に足を絡めているので、うまくすれば逆さ吊りになるだけで済む。

「危ないですよ、カナデ様」父がヒナの背に腕を回し、しっかりと抱え直した。

「ヒナです……」ヒナは呟くようにして訂正すると「ヒナのこと知ってるの?」と訊ねた。

「ええ、もちろんですよ。カナデ様」父は譲らなかった。

「お父さん、ヒナをもらいましょう」ブルーノは手を差し出した。

ヒナはブルーノに手を伸ばした。とんでもないものに抱きついてしまったとでも思っているのだろう。いったいどうしてウォーターズと間違えたりしたのだろう。

背丈は似通っているものの、父は今年で五十一歳。ウォーターズよりもゆうに二十は歳が上だ。身なりだって全然違うし、容姿は一見してロス一族とわかるブロンドに青い瞳だ。ウォーターズは黒を基調としていて、早合点するにはあまりに違い過ぎる。

「いや、大丈夫だ。このくらいなんでもない」父はまたしても譲らなかった。

さすがのヒナもぎょっとした様子で固まっている。

「おや?カイル、その格好はどうした?」父はヒナを抱いたまま言う。ヒナは諦めて父にぐったり身体を預けた。

「ヒナに借りたんです。これからお客様が来るから」カイルはかちこちになって答えた。

「カナデ様に?お前が着ていいようなものではないぞ」父は非難の意を込め片眉を上げた。

カイルは蒼ざめ今にも卒倒しそうだ。

「いいの。カイルに着て欲しかったから」ヒナもかちこちになって言う。

「そうですか」父はヒナに向かってにこりとすると、一番後ろのスペンサーに向かって「で、客とはどういうことだ?」と問いただした。

「お父さん、説明しますから、とにかく書斎へ」スペンサーがあたふたと言う。さすがのスペンサーも父を前にして平然と構えていられるほど、肝は座っていない。

「ブルーノ、帽子を取ってくれ」

手が塞がっているのなら、ヒナを降ろせばいいだけのこと。だが、ブルーノは言い付けに従った。

帽子を帽子掛けに掛けたところで、借りてきた猫のようにおとなしくなっていたヒナが興奮気味に声をあげた。

「来た!」

今度こそ、ウォーターズだ。

つづく


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